| ■ポートベローのスリ姉妹
骨董銀器商としてロンドンで買い付けをするようになって数年目のこと。まだまだ甘かった、のだと思う。皆様よくご存知のポートベローで、見事にスリにやられた。若い二人組の女の子。ジプシーだ。やられた後ですぐに気が付き、二人を追って、つかまえて、問い詰めた。彼女たちはシラを切り通した。どうやら姉妹らしい。姉が十五歳くらいか。妹は十二〜三だろう。最後になって、その姉が、凄んできた。フィレンツェの赤子の魔女と、まったく同じ、あの鋭い目。
「金を取ったというなら、証拠でもあるの?何ならここで、裸になろうか。もし何も出なかったら、どうしてくれる?それ以上しつこくすると、痛い目を見るよ。私の彼氏があんたをナイフで刺すよ。」彼女ははっきり、そう言った。
殴り倒したいほどくやしかったけれど、あきらめる他なかった。彼女は、自分たちは「ロマ」だと、たしかそう、言った。体を張って渡世する彼女が切った、堂に入った啖呵の凄み。ヤマトの国の甘ちゃん男は、見事に負けた。この事件は、いい教訓になった。おかげで、二度と、こういう被害に遭わなくなった。人間、痛い目をみることも、時には必要だ。
フィレンツェの魔女は、こちらに近い感じだった。それにしても、不思議な雰囲気の写真だ。
■道端ミュージシャンの玉
二年前の初夏。これまた、ロンドン。ボンドストリートからちょっと脇に入った一角のカフェ。仕事の途中で一休み。店の前で突然、生演奏が始まった。哀愁のある、切ない響き。ギター、アコーデオン、ヴァイオリンそして、ウッドベース。珍しい構成だ。初老の男四人。よれたスーツを着て、皆顔は浅黒い。インド系のように見えなくもないけれど、泣かせる弦の響きがすべてを物語る。ジプシーだ。この音に私は弱い。ひたすら聴き入った。
十五分ほどで、演奏は止まった。私はあわててカフェを飛び出し、彼らの前に行って、小銭を差し出した。そして、もう少し聴きたいと頼んだ。彼らは、うなずいて、一曲演奏してくれた。本当は、そのまま、彼らの後について行きたかった。もっともっと、その音を聴いていたかった。「観衆」から小銭を集める係をやりますから、一座に加えて下さい。そう頼みたいほどだった。それくらい、彼らの音には魅力があった。
言うまでもないけれど、ジプシーの音楽といっても、ピンキリだ。道端で演奏する連中は、正直言って、イマイチなのが大半だ。しかし、何事にも例外はある。この四人が、それだった。ロンドンでもパリでも、ごく稀に、こういう「道端ミュージシャンの玉」に出会う。するといつも、ずっとその後を追いかけていきたくなる。
中世のハメルーンの笛吹きの話。私などは先頭に立って、笛の音に引かれて連れ去られて行く子供だ。実際、大学を了える直前、もう少しで、レコード会社に行くとか行かないとか、そんな寸前まで行ったくらいだ。「業界」に連れ込まれなくて幸いだった。今はもう、違うけれど、それくらい昔は、音楽に溺れていた。

こんな馬車でヨーロッパ中を旅していたのか。
■今も変わらぬ彼らの暮らし
そして、今年の夏のこと。再度またまたロンドンの話。郊外の高級住宅地。その外れに、一帯には似つかわしくない、自動車整備工場。その駐車場というか、壊れかかった車が何十台も野ざらしになっている場所がある。その隅に、数台のキャンピングカーが止まっていて、これは、中に人が住んでいる。外には洗濯物がなびいていたりして、その風に揺れる服と、外にいる人々の様子から、ひと目でこれがジプシーだとわかる。
気をつけて見ていると、私のような旅人でさえ、彼らの居場所に時々ぶつかる。それはいつも、こうした街外れの、なんというか、「いかにも」という場所だ。
以前、コッツウォルズで道に迷って、小さな村と村の境にある、なんとも不思議な雰囲気の場所で、彼らの車が四〜五台集まって暮らしている場所に遭遇したことがある。勝手に車を駐車して、そこで生活を始めても文句を言われそうにない、そんな場所を探し出す独特の嗅覚があるに違いない。
昔は馬車。今はキャンピングカー。手段は変われど、生活は同じだ。定住しない。できない。不思議な人たちだ。田舎を回っていると、農家博物館のような場所に、古いジプシーの、装飾された馬車が保存されて飾ってあったりする。これがまた、ほんとうに華やかできれいなものだ。彼らは昔から、大陸から海を渡って、この島国にまでやってきていたらしい。でも、フェリー以前はどうやって?
どこにも属さず、気ままで自由。外から見る限りは、そんな感じを受ける。しかしながら、その自由=宙ぶらりんさが、悲劇を生み出すことも少なくない。なぜなら彼らは、どこに行っても「異邦人」となるわけで、彼らがナチス政権下で、厳しい弾圧の対象とされて悲惨な運命をたどることになったのも、この「自由さ」がもたらした悲劇だったのではないだろうか。
このように以前から興味があるので、何冊か本を読んだことがある。その中の一冊に、日本の人が書いたものがあった。彼らの音と生活に引かれて、ついには一緒に旅して回る羽目になった人。そんな日本人がいることを知って、私よりもっと「笛に踊る人」がいるんだと思って、おかしくなった。あの著者はいったい今、どこでどうしているだろうか。
そのうちいつか、年に一度彼らの盛大な祭りがあるという、南仏のカマルグにも行ってみたいと思っている。「ジブシー・キングスなんて....」と馬鹿にする人も少なくないけれど、私は好きだ。パコ・デ・ルシアの五年ぶりの新作
"Paco De Lucia / Cositas Buenas " は素晴らしいの一語に尽きる。あっ、音楽の話はやめよう。キリがなくなる。
ところで、「ジプシー」という言葉は、差別用語だと...、冗談じゃない。もしそうなら、俺を「チビ」と呼ぶな。これこそ差別用語だ!言葉の自由を奪う奴、そいつらこそ、許せない。
喧嘩になるから、今日は、これでおしまい。
さて次のお話は。面白いお話、出て来い!
もっと早く、もっとたくさん。
2004/10/04
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さて、秋以降の講座予定が、決まりました。講座タイトルの示すとおり、銀器と食卓が中心テーマです。昨年までとは違うアプローチで、お話をしてみたいと思っています。興味ある方は、是非、講座に足をお運び下さい。
2004年10月以降の銀器講座のご案内です。
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